2月28日()〜3月1日(火) ありがとう“さくら,,
2005年3月1日のダイヤ改正を持って、日本で2番目に古い寝台特急である『さくら』が廃止される事になりました。

私自身としてはこれまでに一度も利用した事のない列車ではありましたが、歴史ある列車の廃止と言う事で、併結される『はやぶさ』の方に乗車してその最期を見届けに行って来ました。



2月28日−最後の長崎行『さくら』

1998年12月のダイヤ改正から、『さくら』は『はやぶさ』と併結して運転されてきました。
そして途中の鳥栖駅で分割され、それぞれ長崎、熊本へと向かっていたのですが、ダイヤ改正の都合上この日がその分割シーンの見納めとなりました。

以下、その見納めとなった鳥栖駅での『さくら・はやぶさ』の分割シーンです。

1.『さくら』と『はやぶさ』を繋ぐ貫通幌が外される。

2.分割終了後、まず『はやぶさ』が熊本に向けて出発。

3.次に連結される機関車を待つ『さくら』

4.留置線に泊まっていた機関車が本線へ移動。

5.そして『さくら』と連結。

6.一呼吸置いた後、『さくら』は長崎に向けて出発。



ちなみに、九州内における『さくら』『はやぶさ』の牽引はED76形が担当していました。1枚目が『はやぶさ』を牽引する94号機、2枚目が『さくら』を牽引する90号機です。

よく見ると両車のヘッドマークが微妙に違っているのがお分かりかと思うのですが、実はこの時、残念な事に『さくら』の廃止が決まって以来ヘッドマークの盗難が相次ぎ、一時はヘッドマークが1つしかないという事態にまでなっていました。

しかしJR九州の迅速な対応によって足りなくなった残り3つのヘッドマークが新しく製造され、無事に4つ全てのヘッドマークが揃った状態でこの日を迎えることが出来たのです。

そして以前から使用されていたヘッドマークは『さくら』の牽引に当たるED76の長崎方に取り付けられ、後の3つは急遽製造された真新しいヘッドマークが取り付けられました。
両車のヘッドマークが微妙に違っているのはその為です。



3月1日−下り最終『さくら』


日付変わって3月1日。泣いても笑ってもこの日が最後と言う事で、駅には多数の報道陣が居ました。
また幼稚園児達(「さくらようちえん」だそうです)のお出迎えもあり、ホームは人でごった返していました。

その傍らには横断幕も用意され、そこには往年の勇姿が・・・と思ったらしっかり廃止時と同じ6両編成。

・・・レイアウトの都合上ですよね、多分。



そうこうする内についに最終の『さくら・はやぶさ』が到着。


この日のダイヤ改正で長崎本線では『さくら』を外したダイヤが既に組まれていた為、いつもはこの駅で分割されて長崎に向かっていた『さくら』はここで終点。
今までに鳥栖止まりの設定が無かったのでしょう、この日は方向幕部分ににシールを貼って対応していました。

そんな訳で、『さくら』の最期は長崎ではなくこの鳥栖で迎えることになってしまいました。



この日は切り離し等々が一切行われないまま、『さくら』として走ってきた後6両は回送扱いとなって『はやぶさ』と共に熊本へ向かいます。

そして後からやってくる新型列車に急かされるように、別れのセレモニーもそこそこに『さくら』は去っていきました・・・

運転区間は短縮、終着駅でのイベントもちょっとした物ということで、歴史ある寝台列車の終焉としては少々寂しいものになってしまいましたが、それでも多くの人に見送られたこの列車は本当に人気が有ったのだなという事が窺い知れました。

そして最後尾にさりげなく貼ってあった「さようなら さくら」の紙に私もちょっと泣きそうになったのは内緒。

おそらく乗客の誰かが作成した紙を車掌さんが快く貼り付けてくれた物だと推測しますが・・・先に述べたヘッドマークの件といい、職員の方々もこの列車には並々ならぬ愛着があったのでしょうね。



以上、ラスト2日の『さくら』レポートでした。この時のダイヤ改正以後も縮小される一方の寝台列車(ブルートレイン)ですが、出来るだけ長い間走り続ける事を切に願います。

「そんな訳だから、利用しやすい様に寝台料金の値下げを希望!」という訳には・・・いかないんだろなあ(´・ω・`)
最後におまけの壁紙でも(1024×768)